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県のあらまし/4 埼玉県の誕生

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年10月31日更新

埼玉県の誕生

 江戸幕府(えどばくふ)の時代が終わり、県内には従来(じゅうらい)の藩(はん)のほか、いくつかの県が置かれました。そして、明治4(西暦1871)年、廃藩置県(はいはんちけん)が行われ、の統廃合(とうはいごう)の後、11月14日に“埼玉県”と“入間(いるま)県”が誕生しました。

コバトン大正末期の県庁

 当時の埼玉県は荒川より東の地域で、県庁は、旧浦和県庁舎が使用されました一方、荒川より西と熊谷から北の地域は入間県といい、県庁は川越町にありました。明治6(1873)年、入間県は群馬県と合併されて熊谷県となりましたが、明治9(1876)年に分離(ぶんり)して埼玉県に合併され、ほぼ現在の県域が確定しました。

大正末期の県庁

コバトン現在の埼玉県庁

 11月14日の「県民の日」は、明治4(1871)年のこの日に埼玉県が誕生して100年を記念して昭和46(1971)年12月に決められました。
 平成23(2011)年の11月14日で埼玉県は140歳を迎えることになります。

現在の埼玉県庁

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